誰にも言えない
「駄目だ駄目だ、あーもうっ、どうしてそんなに駄目なんだっ!」
スタジオにディレクターの声が響いて、怒鳴られた二人は俯いたまま固まってしまった。
少年たちは来月プロトファイバーの新CMソングContrastをリリースする、今売り出し中の双子のデュオだ。
CMそのものにも出演することになっていて、テレビ用の映像とポスターは既に撮り終わっている。
今日はラジオ用の録音をしているのだが、ここで問題が発生した。
笑っていればすんだテレビ用と違い、ラジオ用では短いが文章を読まなくてはならない。
ほんの数行、歌の合間の台詞はカッコよくキメている彼らなので楽勝かと思いきや、いざ録音に挑んでみると、素晴らしく立派な大根だった。
究極の棒読みで、一部の熱狂的なファン以外の購買意欲を刺激するどころか逆効果さえ生みかねない。
「駄目だ駄目だ駄目だっ!」
朝から何度もリテイクした挙句もう夕方で、しかも不思議なほどまったくよくならなかった。
生意気盛りの15歳もすっかりうなだれて、萎縮して声が出なくなっていた。
これでは一晩かけても終了しないだろう。
「ま、まあまあ。彼らも一生懸命やっているんですし」
なんだかすごくありきたりなことを言っていると思いながら、立ち会っていた克哉は口を挟んだ。
少年たちがふざけているとかやる気がないとかでないことは、額に青筋を立てているディレクターにもわかっているだろうが、だからこそキレるのだともいえる。
「ナレーションやるの、初めてなんだよね。緊張もするよね」
異様に長引いている収録現場で、唯一まだほんわりした印象を残している克哉に、少年たちは揃って泣きそうな顔を向ける。
「緊張って言ってもね、佐伯さん」
声を荒げていたディレクターも、スポンサーサイドの克哉にはやや態度を和らげたので、克哉はさらにへにゃっとした笑顔を重ねた。
こんなに刺々しい現場では、いいCMが作れるとは思えない。
「え、えーと」
克哉は目をつむり、すうっと息を吸い込んだ。
キレイの原点
からだのなかから素直に変われ
しなやかに潤い柔らかく花咲く
プロトファイバー
すべての美しいあなたに
ナレーションを素人が読んだらこんなものですよ。ほら、彼らのほうがまだずっといいでしょう?
というつもりで、何度も聞いたのですっかり暗記してしまったプロトファイバー宣伝文を読んだ。
だが、予想の反応に反し、この場にいる全員がぽかんと口を開けて黙ってしまった。
しまった。ちょっとは情感込めないと説得力ないかと思い、多少力を入れてやったのが、あまりにも寒かったのか。
このあとに失笑が来るか爆笑が来るか、克哉の顔が真っ赤になる寸前、
「素晴らしいっ、佐伯さんっ!!!!」
「え?」
ディレクターが拳を握り締めて、克哉のほうに身を乗り出した。
「もう一回っ!」
「え? あ、はい」
なんだかわからないまま克哉はもう一度暗誦し始めたが、恥ずかしかったのでやや流すとすぐ遮られリテイクを命じられた。
仕方ないのでいたたまれない思いを抑えて、最初にやったとおり丁寧に気持ちを込める。
「あ、あの…すみません、罰ゲームみたいなんでこのへんで…」
録音に戻りませんか、という克哉の提案にディレクターは頷いた。
「佐伯さんで行きましょう!」
「へ?」
「彼らの歌声と声質が似てるし、CMには勿論Contrastを使いますし、問題ないですよね」
ディレクターは克哉と同行していたMGNの広報室員に声をかけた。
「ああ、まあ、そうですね。今日中に録音が終わらないと困るし、ちょっと社に許可を取ってきます。たぶん大丈夫ですよ」
「え、ええっ!? 困りますっ、オレっ!」
克哉の焦りをなんだと思ったのか、広報室員はぽん、と肩を叩いた。
「任せとけって。御堂部長にもO.Kもらうから」
そういう問題では…と思ってすぐ、いや、それも大事な問題かも、と思い直す克哉だが、話はどんどん進んでいく。
双子も今日しかスケジュールが取れず、このあとの予定も入っているのでやきもきしていたマネージャは代打が立つことに大歓迎で、
終始愛想のよかった克哉に対し好印象を抱いていた双子も、佐伯さんがやってくれるなら、俺たち助かります、と数時間ぶりに笑顔が戻った。
「これからもっと勉強するので、今日は佐伯さんお願いします!」
と声を揃えられては、克哉も断れない。
ほどなく広報室員が社から許可を取ってきて、プロトファイバー新ラジオCMのナレーションは企画開発第一室佐伯克哉がすることになった。
「御堂部長が物凄く立会いたがっていたよー。部長会議がなかったら絶対来てたね、あれは」
「あ、あはははは」
ありがとう、部長会議。と思いつつ克哉は引きつった笑いで返した。
ちなみにCMは元々双子の2バージョンあり、克哉が最初に読んだのはシャイなキャラで売っている弟に割り当てられた文だったが、
せっかくだから兄のほうの強気な眼鏡キャラにもなりきってやってみて、とディレクターに注文され、うっすら覚えている眼鏡をかけていた自分を必死に思い出し、
なんとかそちらバージョンもこなした。
「佐伯さん、十歳若かったら、スカウトしてますよ」
双子のマネージャーに言われて、嬉しいんだかなんだかわからない気持ちになったことは、誰にも言えない。
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