佐伯君の家庭の事情 年末編
「年末はどうするんだ」
と御堂に訊かれたのは、11月に入ったばかりの頃だった。
一日一日が充実しすぎて、先のことなど考える余裕のなかった克哉は、しばし考えねばならなかった。
「大晦日は君の誕生日だし、レストランとホテルをおさえてもいいが」
大晦日、誕生日、レストラン、ホテル、とつながると、
克哉如きには想像もつかない、なにか物凄くゴージャスなものが出来上がるような気がして、克哉は反射的に辞退した。
「そうか? まあ、そういうのは来年以降でもいいか…」
そして結局、年末は突発的な仕事が入る可能性があるため、旅行などの予定は立てられないが、
久し振りに二人でゆっくり過ごそうということになった。
12月。
仕事納めの翌日も出勤して、御堂と克哉は年末の殺人的な忙しさからようやく解放された。
掃除は普段から人に任せているので大掃除の必要はないし、買い出しは御堂が注文を済ませてくれていたので、
すべて指定した日時に届く。
大晦日までの数日を、克哉は御堂と寛いで過ごした。
昼食の用意をしていると、友人からかかってきた電話に出ていた御堂が話を終えて戻ってきた。
「ところで今頃聞くのもなんだが、君は帰省しなくてよかったのか」
「ああ、はい、帰ってくると思ってないです、きっと」
その言い方でわかったらしい。
「連絡していないのか」
御堂の口調に非難の色が混じるが、克哉はサンドウィッチを切り分けながら説明した。
「うちの両親すごく仲が良くて、昔っから息子はどうでもいいんです」
克哉が小さいときから、子どもを早く寝かしつけてふたりで食事に行くことがよくあり、
中学からは遠距離通学だったが、部活や補講でさらに遅くに帰って来ると家のなかが真っ暗で、
カレーだったりおでんだったりがテーブルの上に置いてあり、パパとママはデートだから、あっためて食べてね、
というメモが添えられている。そういうことが珍しくなかった。
「なので、オレが進学で家を離れたあとは、息子がいなくて寂しい、とかまったくないみたいです」
御堂はちょっと反応に困った顔をした。
「ご両親との関係が悪いのか?」
「いいえ?」
「…とりあえず、帰省しないと今からでも連絡しろ」
「え、いいですよ」
「するんだ。君は今私と暮らしているんだぞ」
私が帰らせないみたいじゃないか。
御堂が気まずそうに横を向いて、ようやく克哉は御堂の気持ちを悟った。
克哉は御堂を恋人だと両親に告げていないが、休暇中まで部下を拘束する上司、と思われるのは、御堂からすると
嬉しくないだろう。
今後いつか恋人として紹介するとき、両親の御堂に対する印象が悪くなっているのは困る。
「電話します…」
携帯を部屋から取ってきた克哉は、実家の番号を呼び出した。
だが何度コールしても誰も出ない。
「おかしいなあ」
と、今度は母の携帯を呼び出すと、ようやくつながった。
「あ、母さん? うん、オレ」
久し振りに聞いた母の声は元気いっぱいだった。
「…え? あ、うん。 …そうなんだ。うん、わかった。うん、別にいいけど…うん」
克哉は向かい側のソファで睨むような顔で通話を聞いている御堂を、上目遣いで見上ながら会話を締めくくった。
「じゃあ、父さんによろしく。よいお年を」
克ちゃんもね! あ、お誕生日おめでとう! という弾んだ声が、御堂にも聞こえたかもしれない。
なんとなく気恥ずかしくなりながら、克哉は携帯を閉じた。
「えーと、あの。父と母は温泉旅館で年越しするそうで、今部屋付の露天風呂に一緒に入るところだったそうです。
人気の宿で、予約取るのが大変だったそうで、とっても楽しみにしてたので、忙しいからまた年明けに。
と言われました」
業務連絡のようになった克哉の報告に対し、御堂はらしくなく本当に反応に困ったようだ。
「…君が帰省していたらどうするつもりだったんだ?」
「さあ…」
たぶん実家のテーブルの上には、息子が万一帰って来たときのために、カップ麺かなにかが置かれている。
実際学生時代にそういうことがあったことを告げると、御堂は一瞬言葉を探した。
「オレの実家って…変わってます?」
「いや、まあ。私のところも、君がこのあいだ会ったような母親だしな」
先日オペラ鑑賞の際偶然出会った御堂の母のことを思い出し、それから克哉は御堂と目を合わせ、精一杯微笑んだ。
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