佐伯君の家庭の事情 年始編  

 

大晦日は誕生日プレゼントを貰って、あとはベッドのなかでぼんやり除夜の鐘を聞いた。
「こんな高層マンションでも聞こえるんですね」
「そうだな。毎年年越しはよそにいたから、私もここで聞くのは初めてだ」
甘い吐息の合間に交わす会話に、克哉は目を細めた。
去年は誰と過ごしていたんですか? と笑みを含んで訊ねるには、もう少し時間を重ねねばならない。
元旦は寝ていない勢いのまま初詣に行き、帰って来てからお屠蘇をいただいて、ほんの少しだけ注文してあったお節をつつき、 克哉が実家で食べていた味を思い出しながら作った雑煮を食べて、また寝室に戻った。
二日は抱き合ったまま貪るように眠った。
三日は昼前にゆっくり起きた。
抱き合ってずっとベッドの中で過ごすのもいいが、なんでもない時間を共有出来るのが恋人と暮らす醍醐味だと、最近ふたりは気づいた。

「御堂さん、なに食べますか?」
「まだ残っているなら、元旦に食べた雑煮がいい」
口に合ったのだ、と克哉の口元が緩んだ。
キッチンに入り鍋をコンロにかけると、固定電話の呼び出し音が鳴るのが聞こえた。
元旦から何件か新年の挨拶の電話がかかってきていたので、またそれかと思っていると、 仕事のときでも滅多に見ない、緊張した面持ちで御堂が受話器を持って現れた。
「克哉。君のお母さんだ」
「え!?」
驚きのあまり考えるより前にからだが動いて、受話器をひったくるようにしてしまった。
克哉の両親は年末から温泉旅行に出かけていて、邪魔しないでと言われたので年始の挨拶もまだいしていない。

「もしもし、克ちゃん? あけましておめでとー!」
尤もな第一声なのだが、克哉は思わず抑え気味の声で怒鳴った。
「どうして携帯にかけてこないんだよっ!」
「あら、ダメだった? お正月だし、御堂さんにご挨拶するにはいい機会かなと思ったんだけど」
「ご挨拶って…」
御堂と付き合っていることは、まだ両親には伝えていない。
ここに越すときも、上司の家に同居させてもらえることになった、と言っただけだ。
「御堂さんてとってもいい声ねえ。それに堂々としていて。ママ、どきどきしちゃった」
「そ、そう…」
「温泉、すごくよかったわよー。克ちゃんも今度御堂さんと行ったらいいと思うわ」
「う、うん」
「お土産に干物買ったんだけど、克ちゃんのところにも送ったから、御堂さんと一緒に食べて」
「あ、ありがとう」
克哉は自分が母に御堂との関係を告げていないことを、胸のうちで再確認した。
  言ってない。絶対、確かに言ってない。
だからここで余計なことを言うのは、間違いなく薮蛇だ。
適当に相槌を打って電話を切り上げた克哉は、母に新年の挨拶をするのを忘れた。

「終わったのか」
噴きかけていた鍋の火を止めてくれた御堂は、微妙な顔つきをしていた。
「あの、母はなにか言いましたか…?」
「普通に新年のご挨拶をしていただいただけだが…」
「そうなんですか、よかった」
克哉はほっとしかけたが、御堂が表情を崩さないので再び心配になった。
「やっぱりなにか?」
「いや…君は私との関係を、ご両親に伝えていないんだな?」
「はい」
「それなら…私の気のせいだろう」
それは気のせいでもなんでもない気がする…と思ったが、それ以上真実を追究すると、いろいろ直面する問題が出てくる。
克哉と御堂は互いに困り果てたように視線を絡ませ、それから今現在解決できない問題は棚上げするに限る、 という互いの合理主義に基づき、この件はひとまずなかったことにして、残り本日だけになった三が日を楽しむことに決めた。



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