君のために出来ること  

今週は忙しすぎて週末のための食料の用意が出来なかった。
可能な限り外出しない、の原則を崩して、仕方なく御堂は買い物に出た。
ケータリングは便利だが、配達のタイミングによっては受け取るのが困難なときがある。
「オレも行く…」
とベッドから手を伸ばしてきた克哉は、どう見てもすぐ起き上がれそうになかったのでおいてきた。
留守にしていたのは三十分くらいだろうか。
電話はそのあいだに入ったらしい。
留守番電話に残されていたメッセージを聞いて、御堂は顔をしかめた。
現在進行中の過去清算のひとりからだが、携帯ではなく固定電話にかけてきたのは嫌がらせに違いない。
克哉がここに入り浸っている、とは勿論話さなかったが、女は勘が働く。
克哉はこれを聞いただろうか。
メッセージを消去してからバスルームへ向い、いるのを確認してから戻ろうとすると、派手な水音がした。
「克哉っ!?」
バスタブに手をかけて倒れている姿を見たときは、心臓が止まるかと思った。
靴下も脱がずになかに入り、克哉の顔を上向かせる。
「おいっ! 大丈夫か!」
克哉は御堂を見ると、へにゃあと笑った。
「御堂さん…のぼせました…」
その程度のことか!と突き放そうかと思ったが、真っ赤な顔をして呼吸が荒くなっている。
「立てるか? 無理なのか? なら、私につかまれ」
腕にも力が入らないらしい克哉を引っ張り上げ、自分に抱きつかせる。
ほとんど同じ体格の克哉を抱きかかえるのは無理だ。
なんとか引きずって脱衣所まで来させると、バスタオルの上に寝かせた。
御堂までびしょ濡れだが、克哉の顔色が白くなっていることに気づいて、 リビングに戻って適当にその辺にあったカタログを持ってきて扇いでやった。
たびたびこんなことがあるなら、団扇を用意しておくべきかもしれない。
やがて呼吸が落ち着いてきたので、眠っているのか意識が遠くなっているのか、目をつむったままの克哉の頬を軽く叩き、 リビングに移動させた。

「まったく、君は。
ちょっと目を離すとなにをしでかすかわからないな」
ガウンを着た克哉は、開け放した窓から入る風に顔を向けていた。
「すみません…」
眉根を寄せて謝ると、ソファから起き上がろうとするので、軽く制して水の入ったグラスを渡した。
氷がからんと音を立てる。
一口飲んでから、克哉はグラスを頬にあてた。
「…気持ちいい」
目を閉じて、うっとりと呟く。
その顔が心底気持ち良さそうで、御堂の神経を逆撫でした。
人の衣服を濡れさせて、重い思いをさせ、ガウンを着せさせ、水を用意させ、挙句「気持ちいい」の言葉は冷えたグラスに向けられるのか。
グラスをひったくると、困惑した目が御堂を見上げた。
「御堂さん?」
グラスの氷を口に含むと、御堂は克哉の手を掴んで、のしかかるようにしてキスをした。
重なった唇を舌でこじ開け、息苦しさからか受け入れたのか、口を開いたところに氷を流し込む。
「ひっ…なに…っ!?」
思わず口の端を上げてしまうほど、期待通りの反応だ。
頭を押さえつけ零れないようにより密着すると、 泣きそうだった克哉は、たちまち氷が互いの舌を行き来するキスに夢中になった。
「御堂さん、好き…」
感極まった囁きが、御堂の下半身に熱を集中させた。
必死の努力で余裕をかき集め、指で克哉の頬を撫でる。
「もう気分は悪くないか?」
克哉が頷くと、上半身を起こさせた。
首筋から鎖骨のラインが艶かしい。
「嫌ならそう言え」
「え?」
グラスから取り出した別の氷を、ガウンの襟元に滑り込ませた。
「…ひゃっ!」
克哉が目をきつく閉じる。
結局こんなことがしたいのだ、と御堂は自嘲する。
信頼と愛情を込めたはにかむような笑顔を欲しいと思いながら、羞恥に耐えて涙を浮かべさせるようなことばかりをしている。
それでも辱めて貶めたいわけでは決してない。
おずおずと顔を上げた克哉の瞳を覗き込んだ。
「あ…っ」
克哉が声を震わせる。
「嫌、か?」
もう一度訊ねる。
本当に嫌がることは二度としないが、そのためには言葉で言ってもらわねばわからない。
人の心の機微に御堂は疎い。
圧倒的優位に立っていれば、相手の気持ちなど気にする必要はないが、克哉は違う。
告白されたとき、克哉は御堂に「あなたの勝ちです」と言ったが、御堂は「勝たせてもらっている」だけだ。
克哉は二三度瞬きしてから、甘えるような、包み込むような御堂にしか見せない顔で、すうっと微笑んだ。
「…あなたのすることで、オレが嫌だと思うことなんかないです」
唇を寄せられ、御堂は笑った。
「好きです…」
私もだ。と言えばいいのか。
それとも私のほうがもっと好きだ。と言うべきなのか。
肝心な言葉は何一つ口に出来ない。
代わりに噛み付くように首筋にキスをした。

うとうとしかけている克哉を、御堂は眺めていた。
ガウンを被っただけのこの格好では風邪を引いてしまうだろうから、起こさなくてはならないが、 幸せそうに目をつむる様子をもう少し見ていたかった。
のぼせるほど長風呂していたなら、あの電話は聞いていないだろう。
そういうことのないように同居を言い出すのを控えていたが、結局ほとんど毎日泊まらせているので意味がない現状に今気づいた。
だがもう清算はほとんど終わり、見合わせていた理由もなくなった。
  どのタイミングでここに来させようか…
部屋を引き払わせたら、もう戻るところはない。
克哉も御堂も。
後悔はしないだろうが、覚悟は必要だ。
克哉の左手をそっと掌に乗せて指を合わせてみると、ほぼぴったり重なった。
服と同じで指も同じサイズらしい。
同居を決めることは出来ても、指輪を贈る決意はまだ着かない。
だが作っておいてもいいかもしれない。
「作りたい、というのが本音か」
呟いて、苦笑した。
「ん…」
寒いのか、克哉が身じろぎする。
「克哉。ここで寝るな」
御堂は克哉の頬を軽くはたいた。



戻ル