本気の恋  

克哉と付き合っていることが友人たちに知れ渡ったのは、ワインバーに集うメンバーが触れ回ったからだ。
御堂を肴に出来るまたとない機会を逃すまじ、ということで、強引に会う約束を取り付けた彼らは、決まってこう言った。
「三十過ぎてかかった麻疹は重い」


玄関ドアを開けると同時に、克哉が奥から走り出てきた。
いつか大型犬を飼いたいと思っていたが、飼ってみたらこんな感じかもしれない。
「おかえり、なさい。早かったんですね」
「おかえり」までは嬉しさの勢いに任せて、「なさい」は我に返って恥ずかしそうに克哉は言った。
「…ただいま。もっと遅いほうがよかったか?」
御堂はこのやりとりそのものが気恥ずかしいが、返事をしないと克哉がしおれるようにしょげるので、 仕方なく「おかえりなさい」には「ただいま」で返すようにしている。
克哉は無防備で期待に満ちた笑顔で御堂を見つめ、御堂が顔を近づけると反射的に逃げようとした。
「ひとりだとオレ、ここでなにをしていればいいのかわからなくて」
「君の家だ」
「…慣れるまでもう少しかかりそうです」
石鹸の香りがするので、もう風呂には入ったのだろう。
つい睨むように見つめてしまうと、克哉も御堂の目を見つめ返してきた。
本当ならばこういう日は克哉も自由に過ごせばいいのだが、そうすればいいと言ってやることが御堂には出来ない。
「…重篤でなにが悪い」
「え?」
意味を考えて理解すると、克哉は顔色を変えて御堂の腕を掴んだ。
「御堂さん、病気なんですか!」
そんなわけなかろうと思うが、克哉があまりにも真剣なのでからかいたくなる。
「君のせいだな」
「え、え? オレ? オレ、なにかしましたか?」
うろたえる口を唇で塞ぐと、見開かれた克哉の瞳がたちまち甘く潤む。
舌を絡ませキスを堪能してから、御堂は唇が触れるぎりぎりの位置まで克哉を解放した。
「御堂さん…」
「私たちはいつまでこんなところで立っているんだ?」
そこは廊下で、克哉は御堂から受け取った鞄をいつの間にか落としていた。
「ここでしてほしいなら、ちゃんとおねだりするべきだろう?」
「違いますっ」
「本当に? からだも洗って、私が帰るのを待ち構えていたのだろう?」
「ち、違っ…」
違います、と最後まで言わないところをみると、そういう気もあったらしい。
そもそも御堂が手を離したら、立っていられるかどうかも怪しいくらい、からだに力が入っていない。
後ろから羽交い絞めにすると、赤くなったうなじが目に入った。
「離して…」
「もう一度言ったら、本当に離すぞ」
理性と欲望を天秤にかければ、克哉がどちらを選ぶか御堂は知っている。
耳朶を噛みながらわざと冷たく言い放つと、克哉は泣きそうな声で言った。
「御堂さん、早くシャワーを浴びてきてください…」
「待っていられるのか?」
克哉は小さく頷いた。
「ベッドに入っていろ」
自分でするなよ? 付け加えると、克哉はさらに赤くなった。

重篤、などという単語を使ったことを克哉がいつまでも気にするので、御堂は寝物語に麻疹の話をすることになった。
上目遣いの目蓋にキスを落とすと、克哉はくすぐったそうにして、腕を伸ばして御堂の頬に手を添えた。
「麻疹って、治ったら免疫が出来てもう罹らなくなるんですよね」
「治ったら、な」
「治らないでください。 …オレがずっと看病しますから」
それは御堂が望む言葉だったが、あとひとつ足りない。
「君は罹っていないのか?」
頬に触れている手を強く握ると、克哉はごく当たり前のように淫靡な笑みを浮かべた。
「オレのは…不治の病です」
「特効薬が出来るかもしれないぞ」
「治療拒否します」
そして克哉は頭を持ち上げた。
「御堂さん、好き…」
私もだ、と返してやれるようになるのと、克哉がこの部屋に慣れるのとどちらが早いだろうかと思いながら、 御堂は克哉のキスを受け入れた。



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