最大の防御

シャワーを浴びてバスルームから出てくると、電話がなっていた。
「ああ、御堂。やっとつかまった」
かけてきたのは大学時代の友人だった。
「携帯はいつも留守電だから、たまには家のほうにかけてみようかと思いついてさ」
「今日の集まりなら、私は行かないと返事したはずだ」
ワインバーで友人たちと会うのは、以前の御堂にとっての楽しみだったが、 克哉と付き合いだしてからは、どうでもよくなってしまったことのひとつだ。
好きな相手と結婚した友人が、段々付き合いが悪くなっていく気持ちが、今頃わかったというところだ。
「まだ忙しいのか。手がけていたプロジェクトは大成功だと聞いたけど」
「そうだな」
「じゃあ今ちょっとだけ出てこられないか。おまえのマンションの近くまで来てるんだが。折り入って話があるんだ」
「無理だ」
「土曜日に家にいるんだろ。頼むよ、三十分でいいから」
「話なら今すればいいだろう。なんだ」
ややお調子者のきらいはあるが頭は切れる友人の、らしからぬ神妙な声の調子が気になったが、克哉と過ごす週末と引き換えにするほどではない。
御堂のにべもない態度に対し、受話器の向こうからため息が聞こえたが無視する。
「わかったよ。聞いてくれ」
一拍間が空き、実は、と続いた。
「佐伯君を紹介してほしいんだ」
御堂の視界が一瞬ぶれた。
「なに…?」
「佐伯君だよ、おまえが前に連れてきた」
「なぜ私が、おまえに、佐伯君を紹介しなくてはならない」
佐伯君、に微妙に力を入れてみたが、気づいた様子もない。
むしろ名前が出たことで気持ちが昂ぶったのか、電話越しの声は切羽詰った。
「忘れられないんだよ。
会ったのはもう何ヶ月も前なのに、夕べとうとう夢に見た。
頼む、御堂。会わせてくれ。
おまえが忙しいのなら、彼の電話番号を教えてくれ」
「プライベートは知らないな」
「勤め先の所属と内線でもいい。あとは自分でなんとかする」
所属は御堂と同じで、内線も同じと言って差し支えないが、克哉が今は御堂の部下であることなど向こうは知らない。
握り締めているコードレスの受話器に、ひびが入るのではないかというレベルの怒りを、だが御堂は耐えた。
「ああいうのが好みだったか」
「好みとかではなくて、彼がいいんだ。それにおとなしいから目立ってなかったけど、彼、綺麗な顔をしてたよ」
そんなことは言われなくても、御堂はとっくに知っている。
「なあ、頼む、御堂。一生感謝するから、佐伯君を俺に紹介してくれ」
断る、と断じてやりたいが、そうは出来ない事情が御堂にはある。
現在御堂は身辺整理中なのだ。
本気になるのは相手のほうで、御堂はあくまで選ぶ立場であることを崩したことはなかったから、 どの関係も清算にあたって大揉めするようなことはないが、すべて丸く収めるには手間がかかる。
克哉と会うのを最優先にしていて、ほかのことに時間が取れないために余計だ。
この時期に、悪友と呼べるような輩に克哉とのことを知られたくない。
「考えておこう」
一方的に言って、御堂は即座に通話を切った。

腹立ち紛れに電話線を抜いてから、御堂は寝室に戻った。
克哉はベッドに寝転んだまま、ぼんやり目を開けていた。
御堂を視線に捉えると、幸せそうに笑う。その表情に、御堂の血の上った頭も少しは冷めた。
薄日の差すカーテンの側に立ち、ベッドに腰掛けて手で髪を梳いた。
「み、どうさん?」
「もう少し寝ていろ」
克哉は素直にはいと頷いて、御堂の腕を抱き込むように引っ張った。
シーツに片方の肩だけつくような格好で、御堂は克哉に囚われる。
「御堂さんも、一緒に」
「寝惚けているな」
腕枕してやろうとしても、真っ赤になって逃げ出すか、意識しすぎて眠るどころではなくなるのがいつもの克哉だ。
「寝惚けて、ません」
律儀に答えながら、再び目蓋を落とす。
壊れものを抱えるように、御堂は開いているほうの腕を克哉のからだに回した。
どうすればこの腕のなかから逃さないでおけるか考えながら。

紹介するなど論外だ。
だが友人のあの調子では、自分で調べて克哉に近づきそうだ。
欲しいとなれば、どんな手段を使ってでも手に入れないと気がすまない。
人のことは言えた義理ではないが、あれもそういう輩だ。
彼に限らず、御堂の友人にはそういうのが多く、あれをなんとかしたとしても、また次が出てくる可能性が高い。
なにを吹き込むかわかったものではないので、これまでの清算がすべてすむまで、 克哉とのことは友人達には隠しておきたかったが、そのあいだに手を出されては目も当てられない。
「克哉」
御堂は克哉の前髪をかき上げて、額にキスした。
「…ん、なに」
「今晩、出かけるか」
「…どこにですか?」
「行けばわかる」
「一緒なら、どこにでも行きます…」
半分目を閉じて、どこまで意識して言っているのか。
御堂は込み上げてくる笑みを抑えた。
「すまないな。礼は帰ってきてから、たっぷりさせてもらおう」
頷くように、克哉は御堂の腕に頭を擦り付けた。



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