タマゴが先かニワトリが先か



窓から温かな光が入ってくるようになった季節の週末。
洗濯物を干し終えた克哉はリビングに入った。
ハウスキーパーに入ってもらっているので、君はそんなことをしなくていい。と御堂は言うが、 多忙でどうしようもないときはともかく、 週に一度程度なら、掃除をしたり洗濯をしたりするのは気分転換にもなるし、 食事を作るのは健康管理の点でも大事だと克哉は思っている。
身の回りの世話を人にしてもらうことに慣れている御堂からすると、その時間は別の有益なことに充てればいい、 となるのだが、そこは克哉は譲らなかった。
「御堂さん」
午後から美術館に行くと言ってたので、いつでも出かけられると伝えようとして、、 ソファの手前で克哉の足は止まった。
そこには少しだけ姿勢を崩した格好で眠る御堂がいた。
御堂がうたた寝など珍しいが、この心地よさでは無理ないかもしれない。
差し込む陽光に目を細め、これなら風邪を引くこともないだろうから、毛布をかけて起こしてしまうこともない。
あまり近づいても気配で目覚めるかもしれないから、キッチンで昼食の支度でもしてこようか、と克哉は思うのに、どうにも足が動かない。
目は眠る御堂に釘付けだ。
一緒に暮らしているのだから、寝顔などは見慣れているが、明るいところでじっくり見る機会はほとんどない。
前髪を下ろしている御堂は、普段と印象が違った。
組織のなかで仕事をする上で、男が若く見えて得をすることはない。
ましてや御堂は年功序列ではありえない高い地位についていて、意識してそう見えないようにしているが、 今はむしろ年齢より若く見えた。

七つも年上の人には見えないよなあ…

立っていると見えにくいので、克哉はカーペットに両膝をついた。

これだけじっと見ても、ヘンに思えるところがない…

伏せられた睫毛はちょうどいい長さで、寝ていてもきりりとした眉は形がいいし、鼻筋は通っているし、口元は上品だ。
そのまま視線を移動させていって、釦を外したシャツから覗く鎖骨が目に入ったところで、克哉は赤面する。
顔をまじまじ見ることはないが、鎖骨ならば馴染みがある。
セックスのとき、よく食らいつくからだ。

わー! やめろ、オレ! こんな健全な土曜の昼前に、なに考えてんだ!

四つん這いで頭をぶんぶん振る。
「なにをやってるんだ、君は」
振ったことによって、さらに赤くなった克哉に、呆れたような声が降ってくる。
顔を上げると、御堂が目を覚ましていた。
「あ、御堂さん。…起きちゃったんですね」
自分の耳にも、ものすごく残念そうな声に聞こえた。
「ああ…少し眠っていたようだな」
「お疲れなんじゃないですか」
やっぱり、出かけます? と問う克哉に、そうだな、と御堂は呟く。
「美術展は来月までやってはいるが。君はどうなんだ。ずっとマンションにいるほうがいいのか。というか、君はなにをしてたんだ」
額にかかる前髪を手で上げながら、御堂はからだを起こした。
「え?」
四つん這いのままだった克哉は立とうとしていたが、うろたえてまた膝を戻してしまう。
「え、えーと、オレは、その、御堂さんを見てました」
「…寝てるところをか」
悪趣味だ、と言わんばかりに憮然とされかかり、克哉は仕方なく苦笑する。
「すごく綺麗だったので…つい」
「……」
返答が予想外だったのか、御堂は口を閉じてしまった。
克哉は慌てて御堂の元に駆け寄ると、ソファの前に跪いた。
「ほんとにすごく綺麗だったんです! いえ、御堂さんはいつも綺麗なんですけど、じっくり見られる機会ってそうないじゃないですか!」
御堂は少し嫌そうな、見ようによっては照れ隠しに見える表情を浮かべた。
「男に向かって、綺麗を連呼するな」
「え、でも、御堂さん、言われませんか?」
「まあ、昔はな…」
常にない克哉の迫力に御堂は押され気味だ。
「今でも無茶苦茶綺麗です!」
思い切り言い切ると、強い意思を伝えるかのごとく、克哉は御堂を見つめた。
他意があるならいくらでもやり込められるが、やや的を外れた本気の賛辞は御堂もいかんともしがたい。
    私が綺麗のどうだのより、君の可愛さのほうが凶悪だ。
精一杯冷静を装いながら御堂が思ったことなど、克哉は知らない。
「犯罪レベルだ」
呟きに、克哉は不思議そうな顔をした。
「御堂さん?」
御堂の手が克哉の頬を挟む。
意地悪そうに笑われて、息が苦しくなってくる。
「わかった。
では君は、今日は一日中マンションにいることを選ぶんだな」
「は?」
熱弁のあまり、いつの間にか振り上げていた手を掴まれ、克哉は御堂の体温が移ったソファに押し倒された。
「まったく、君といるとインドアばかりになって困る。ほかになにか思うことはないのか? ああ、ないんだろうな。わかりきったことを聞いて悪かったな」
克哉は目をぱちくりさせる。
否定しようと思うが、からだをまさぐられながらまくし立てられると、そのとおりのような気がしてくる。
論点をずらすことによって勝てない状況を打破するのは、御堂の克哉における常套手段だ、ということも、克哉はまだわかっていない。




「御堂さん、お願いがあるんですけど」
セックスのあとに掠れた声でお願いされて、御堂に否があるはずがない。
だがそのあと続いた言葉に絶句した。
「御堂さんの言う、昔、の写真を見せてください…!」
克哉は真剣そのものだ。
「オレ、見たいです、どうしても…!」
御堂の腕を掴み、克哉がそこまで言うのは珍しい。
どうとでも誤魔化せたが、断ったらしょげてしまいそうだ。
「かまわないが…君がそんなに私の顔を好きだとは思わなかった」
呆れつつそう漏らすと、克哉は恥ずかしそうに俯いた。
「御堂さんと付き合ってて、御堂さんの顔を好きにならない人はいないと思いますよ…?」



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