秘密の花園
高校から大学時代の写真を見せてもらい大喜びした克哉に、御堂は要求した。
「君の写真も見せろ」
克哉はきょとんとしてから、思考を廻らすように上目遣いになった。
「えーと。 …ないんですよね」
「ない?」
「オレ、写真あんまり好きじゃなくて。子どものときのなら、実家にありますけど、中学からあとのはあんまり」
それも実家に置いてきていると言うので、ならば仕方がない、と御堂が思ったとき、「あ」と克哉が呟いた。
「アルバムひとつだけ持ってきてます。
高校卒業するとき、友達がくれたのが。
でも、オレの写真なんか見たって面白くもなんともないですよ?」
「面白いかどうかは私が決める。いいから出したまえ」
克哉はちょっと渋るような顔をしたが、人の写真を散々見たあとだ。
自分のは見せたくないとは言えず、引っ越してきたときからそのままになっているダンボールの封を開け、コンパクトサイズのアルバムを出してきた。
アイボリーの革製の表紙を見たときから、御堂の心になにかがひっかかった。
全部で30枚くらいだろうか。
どれも高校生活を送る克哉の日常スナップで、入学したばかりの頃から三年間の変化を丁寧に追っている。
「克哉、これは…」
「そいつ写真部で、いつもカメラ持ってたんですよね。
同じクラスだったのは一年のときだけだったんですけど、クラス替わっても休み時間とかカメラ持ってやってきて。
オレは撮られるの嫌だから逃げてたんですけど」
克哉の話し方からして、友達というのは男だろう。
なんと言ってやればいいものか、御堂は考えねばならなかった。
写真はすべて、ベストショットと呼べる。
これらを撮るために、ここには入れなかった写真が数倍、あるいは数十倍あったはずだ。
「…これを、卒業のときに貰ったのか」
「はい。いらないって言ったんですけど、押し付けられて。
見たら、なんかアップが多いし、恥ずかしくなったんで、実家に置いといて親に見られるのもなんだと思って、持ってきたんです」
「…そのとき、その友人にはなにか言われなかったのか」
「え? 別に」
「そのあと会ったりしなかったのか」
「全然です」
気の毒に、とその友人を思いやれる余裕が御堂にあるのは、さすがに遠い高校時代の話だからだ。
これだけ思い溢れたアルバムを手渡されて、まるきりなんのことだかわからない克哉もすごいし、
俯く克哉に苛ついた自分は、あながち間違っていなかったのだと思う。
写真はしなやかでしたたかな、克哉の本質を写し取っていた。
笑っていても、決して向かい合っている相手を見てはいない伏せた目も、同時に。
このアルバムを渡して、克哉のことを諦めたのだろう友人のような輩は、ほかにもいたに違いない。
本多が特別、というわけではない事実に気づいて、御堂はひやりとした。
よくぞ自分と出会うまで、俯いていてくれたものだ。
ソファで肩を寄せている克哉のつむじを睨むように見つめていると、克哉が顔を上げた。
途端に条件反射であるかのように、にっこり微笑む。
写真とは違う、心から幸せそうな、蕩けてしまいそうな顔だ。
御堂は顔を胸に押し付けるようにして、克哉を抱きしめた。
「そんな顔は、写真に撮られるなよ」
「あ? はい」
よくわかっていないだろうが、克哉は返事をする。
「この写真」
その姿勢のまま、一枚を差して、御堂が言う。
「今の君も、時々こういう目をするな」
「…そうですか?」
それはバレーコートに立つ姿だった。
試合中なのか、ユニフォームを着た克哉は、手で口元を拭っている。
「たぶん、なにかにむかついたときのです」
「きみでもむかつくときがあるのか」
揶揄すると、克哉はバツが悪そうにした。
「顔を狙ってサーブをぶつけられたとか、そんなんだったと思いますけど。
…目つき悪いですね」
だがこれも克哉の一面だ。
御堂が最初に克哉に会ったとき、こういう目をしていた。
眼鏡のせいだと克哉に相談されたことがあったが、克哉のなかには確かに表に出ているのとは別の克哉がいる。
ただそれは分かちがたく表面上の克哉と混ざり合っていて、どこからどこまでがどちら、とは言い難い。
「不安定なのが、君の魅力だからな」
「嫌ですよ、そんなの」
笑いを含んだ御堂に、克哉は眉をひそめた。
その顔が、写真の表情と似ているとも知らずに。
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