内緒の小箱



こんなものを見つけてしまうなんて、オレはすっかりこの部屋に馴染んでいるんだなあ、 と動揺を隠すつもりで克哉は思った。
そもそもなにを探して書棚の抽斗を開けたのかすら、思い出せないほどのショックが、そんなことで誤魔化されるものではなかったが。
克哉が手にしているのは、コンドームの箱だ。
開封済みで、持ち上げたとき中身が大きく動いたことから、いくつか減っているとわかる。
御堂は克哉を抱くとき、ゴムは使わない。
後始末が大変なのだが、最初からそうなので今更使ってほしいとも思わないし、そもそも御堂にまったくそういう発想がないようだ。
箱を見つめたまま、克哉は無意識に険しい顔になっていた。
 …誰に使ったんだろう。
別に知りたいわけではない。
御堂との関係にはほとんど理性が働かない克哉だが、欲は未来に向けるべきもので、過去に向けてはいけないとだけは理解している。
ただ、具体的に御堂が自分以外の誰かと付き合っていた事実を見て、落ち着かないだけだ。
プロトファイバーの開発に携わるようになった頃から、特定の相手はいなかったらしい。
その前に付き合っていた人か、その後の遊びの相手か、いずれにせよ女性のような気がした。
どのくらいそうしていたか、克哉は意を決して箱を元の抽斗に戻した。
おそらく御堂も、ここにこれがあることを忘れているのだと思われる。
捨ててしまっても、たぶん御堂は気づかない。


金曜の午後からラボに出向いていて、帰りがいつも以上に遅くなった御堂は、報告書の作成をマンションに持ち帰った。
ようやく寝室に入ったときには、あと少しで夜明けと呼べる時間だった。
先に寝ているように言っておいた克哉は、ベッドで横になっていたが起きている気配があった。
だから毛布から出ていた肩に手をかけたのだ。
だが予想に反して、克哉は御堂に抗ってこちらを向かなかった。
付き合うようになって初めてではないかと思う拒絶に、御堂は驚いた。
照明を消しているので表情を覗うことも出来ないが、長く待ったのを拗ねているという風でもない。
怒らせるようなことをした覚えもないし、そもそも克哉はあまり怒らない。
「克哉?」
返事はない。
「克哉」
頭を撫でて、そのままパジャマの襟元に手を差し入れるとびくりと震える。
なんだ、いつもの克哉じゃないか、と御堂の口元に笑みが浮かび、 パジャマの上から背骨をゆっくりと辿っていくと、克哉のからだに不自然な力が入った。
「克哉」
返事をするまで名前を呼んでやろうと耳朶を甘噛みすると、あっけなく陥落した。
一気に脱力したかと思うと、御堂を押しのけるようにして向きを変え、腕を伸ばして御堂の頭を捕らえると、顔を近づけてきた。
「なんなんだ、君はまったく」
満更でもない気分で御堂は笑い、唇を貪ろうとする克哉の腰を抱いた。

結局、互いの気の済むまで何度でも抱き合う、いつもの金曜の夜だ。
バスルームから出てきた御堂は、カーテンの隙間から覗く窓の外が白んでいるのを見るともなしに見てから、 うつ伏せで目をつむっている克哉に声をかけた。
セックスのあとは、御堂が先にシャワーを使い、克哉がバスルームに行っているあいだにシーツを取り替えるのが常になっている。
「歩けるか?」
ガウンを羽織ってよろめきながら立ち上がった克哉は、本当に?と聞き返したくなる様子で頷いた。
シーツを替えて、克哉が戻ってくるのを待ちながら、御堂はミネラルウォーターのボトルを口にした。
付き合いだして数ヶ月、そろそろ半年になるが、いまだに克哉をおかしな奴だと思うことがある。
予測できないのだ。
それは克哉が、本気になれば御堂を論破出来るほど高い能力を持っている、というせいもあるが、 ぼうっとしているように見えるときでさえ、当然返ってくると思っているのと違う反応を示されることがある。
「だから飽きないんだが」
無意識に呟いて、逆上せている自分を意識する。
熱さを感じた目元を覚まそうと、再びボトルに口をつけたとき、克哉が戻ってきた。
「ほら、来い」
濡れた髪を御堂が乾かしてやるのも常だ。
だが克哉は差し伸べた御堂の手は取らず、代わりに自分の手を持ち上げた。
「御堂さん、これ捨てていいですか」
なにを、と思い克哉の手のなかの物を見ると、コンドームの箱だった。
一瞬思考を廻らせて、それがずっと昔に買って、使うあてがなくなったので、長い間放置していたものだということを思い出した。
「かまわないが」
「じゃあ捨てます」
寝室のゴミ箱に入れるのかと思えば、克哉はわざわざキッチンにある一番大きなゴミ箱に捨てに行った。
克哉の様子がおかしかった理由はわかったが、気持ちがわからない。
別の相手に使っていたものなので、捨てておくべきだったのだろうが、あることさえ忘れていたのだから仕方がない。
再び戻ってきた克哉は、ベッドに座り、頭を御堂のほうに差し出す。
ドライヤーで乾かしてやりながら、目をつむって心地よさそうにしている克哉を眺めた。
「君はあれを」
「え」
ドライヤーの音で聞こえないようなので、スイッチを切る。
「君はあれを、私がほかの誰かに使っていると思ったのか」
「いいえ」
克哉はけろりと否定する。
「ただ嫌だっただけです。あるのが」
妙なところで毅然としている男だ、と御堂は思った。



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