趣味ということでかまわない



「どうだ」
「はあ、ぴったりですけど」
靴屋の奥で、イタリア製の革靴を試し履きした克哉は、上目遣いに困った顔で口の端を上げた。
そんなものは無視して、御堂は支払いのためにカードを店員に渡す。
克哉に買った靴は、これで計五足になる。
もう充分です、というのを、靴でなければ時計にする、と選ばせたところ、じゃあ靴で…ということになった。
なんでもいいのだ。
靴でも時計でも鞄でもスーツでも。
克哉の持ち物すべてを、自分の買い与えたものにしたいだけだ。
そんな行為はなんの意味も持たないとわかってはいても。
克哉は与えられたことに感謝はするが、そこに欲が出て、さらに欲しがる、ということがない。
店員に送り出されてから、靴の入った紙袋を持って、克哉は扉の前で頭を下げた。
「ありがとうございます」
本当はありがたがってなどいないくせに。
「顔を上げろ。帰るぞ」
「あ、待ってください」
追いかけてくる克哉がハーフコートの下に着ているのは、御堂のセーターだ。
プライベートで着る服のほとんどすべてを、御堂が買うか貸すかしている。
オレ、着せ替え人形じゃないんですよ?
と抗議されたことがあるが、可愛かったので実力行使で無視してやると、二度と言わなくなった。
言われなくても、度を越している自覚はある。
あるが、自制できないのだから仕方がない。

2月14日になにも贈れなくてすみません。

克哉の言葉に少し驚く。
いや、かなり。
いつだって、贈りたいのは自分のほうだと思っていた。
「オレだって、御堂さんになにかあげたいって思うんです」
あげられるものなんてないんですけど、と克哉は呟いた。
克哉が御堂に与えたものは、数え切れないし数えられるようなものではないが、そんなことはことは言葉にしない。
今御堂が持っているようなものはすべて、近い将来、克哉は自分の力で手に入れられるようになるだろう。
それだけの能力を持っている。
彼が今まで目立たないで生きてきたのが、むしろ不思議なくらいだ。
 御堂さんに会うまでのはオレは、消えてしまいたいくらい苦しかった。
そう漏らしたのを聞いたことがあるが、当たり前だと思う。
人より頭ひとつどころか、ふたつかみっつ抜きん出ているのに、それを同じように見せようなんて、無理があるに決まっている。
誰に気を使うことなく、能力を発揮する術を身に着けたのちの克哉に、他人が与えられるものなどなくなるだろう。
だがそうなっても。
そのときも御堂は、克哉に自分がいいと思うものを与えるのをやめないつもりだ。
そして克哉も困った顔で受け取り続ければいい。
そう思っている。



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