軽くて重い



目が覚めると、隣に佐伯克哉が眠っていた。
薄く唇を開け、長い睫毛を伏せた艶っぽい顔で。
前から気づいてはいたが、こうしてまじまじと見つめると、異国情緒漂う印象的な顔立ちだ。
ではあれは夢ではなかったのだ。
冷たい雨のなかマンションの前に立っていた佐伯が、自分を好きだと告白したのは。
今こうして、体温を感じるほど近くにいても、足が触れ合っていて、そこから体温が伝わってきていても、信じられない。
自分は彼に刺されても、仕方のないようなことをしたのだ。
「君も相当だな」
佐伯の前髪を掌で掻き揚げ、声に出して呟く。
苛々する感覚はすなわち、いままで経験したことのなかった愛という感情なのだと、ようやく御堂は気づいた。
危うかった。
もう少しで、自分は勿論、佐伯の人生も台無しにするような振る舞いをしかねなかった。
佐伯の告白は、落ち着いて考えれば支離滅裂だ。
そもそもノルマ引き下げと引き換えに持ちかけた交換条件の接待なのに、好きでもないならもう抱くな、などと。
この感情に名前なんかつけたくなかった、と佐伯は言った。
それは御堂も同じだ。
こんな感情を認めたら、終わりだと思っていた。
そして確かに終わった。
これまでの、なんでも持っているつもりで、なにも持っていなかった自分はもういない。

日はもう高い。
起きてからだを洗い、なにか食べなければ。
起きてからだを洗い、なにか食べさせなければ。
「か…」
名前を呼ぼうとして、固まってしまう。
夕べはさんざん呼んだ。
自分のものになった佐伯克哉は、御堂の「克哉」だった。
なのに少しの理性が戻ると、気恥ずかしくてもう口に出来ない。
「…起きろ」
寝ている恋人を起こすのに、佐伯、と呼ぶのも違う気がした。
頬を軽く揺さぶると、ゆっくりと佐伯は目を開ける。
色素の薄い瞳が御堂の顔に焦点を合わせると、蕩けるように細められた。
「…御堂さん」
吐息混じりの声と共に両腕が上げられて、御堂の頭を捕らえる。
「…ん、っふ」
引き寄せられ唇を重ねながら、御堂は佐伯の表情を見る。
まだ覚醒しきっていない。
完全に目覚めていたら、こんなふるまいをするだろうか。
だが彼は、その気になれば昨日のように、御堂を圧倒出来るのだ。
「御堂さん、…御堂さん」
身のうちに取り込もうとでもいうかのように、背中に腕を回して力を込めてくる。
その熱に、御堂のからだにもまた熱が戻ってくる。
元々おさまってなどいなかった。
「克哉」
呼ばれて、克哉は嬉しそうに笑う。
彼のなかに、激しい情動が隠れていることはわかっていた。
口では嫌だと言いながら、与えられる快感に身を委ねて、最後には流されてしまうからだを知っていたから。
だがそれが、心から自分に向けられる日が来るとは思っていなかった。
からだを繋ぐと、背を反り返しながら、克哉は繰り返す。
「御堂さん、好き。…好きです」
君の言葉は軽くて重い。
いまだに胸の辺りに留まった思いが、言葉にならない御堂は思う。
だが克哉の言葉がなければ、御堂は自分の思いにさえ気づくことが出来なかった。



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