佐伯克哉の一番長い日 番外 〜秘密の関係〜  

全社会議が終わって一週間後の週末。克哉宛に宅配が届いた。
差出人に覚えがなく、克哉は困った顔でワレモノの札の貼られた、両手で持てる大きさの包みを御堂に見せた。
「ここにオレがいるのを知ってるのは、両親と本多だけなんですけど…」
送り状を見て、御堂は顔をしかめた。
「副社長だ」
「え?」
副社長とは、MGNジャパンの副社長だろうか。まさか、と思いながら克哉はもう一度送り状を見た。
言われてみれば副社長のフルネームはこんなだった気がする。
「え、なんで。どうして、オレに副社長から?」
思わず問いかける克哉を、眉間を指で押さえた御堂は制止した。
ちょっと待て、と言い置いて携帯を持ってくると、呼び出した番号で電話をかけた。
「今受け取りましたが、一体なんの真似でしょう」
相手が電話に出るや否やの一言目だ。名乗ってさえいない。
受け取った、と言うからには相手は副社長だろうか。
今日は休日。副社長もプライベートなはず。ではこれはプライベートな番号ということになる。
 どうして御堂さんが副社長の番号を…?
四十代独身、派閥を組まず一匹狼を通しているという副社長の、地位と実力を兼ね備えた余裕の姿が、克哉の脳裏に浮かび上がる。
そういえば会議のとき、ふたりは親しそうに見えた。
「…わかりました。ではありがたく。そういう趣旨なら近日中に内祝いとしてなにかお返しします。 勿論私と佐伯君の連名で。それでは」
段々早口になって、最後は言い終わる前に電話を切った御堂は、携帯をソファに放り投げた。
「開けてみろ。祝儀だそうだ」
「は? なんの?」
御堂は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「君が、私とここで暮らしていることへの、だ」
包装を解くと、熨斗に「結婚之御祝」と書かれていて、克哉は思わず箱を落としそうになった。
「なんですか、これっ!」
「嫌がらせだろう」
中身は繊細な磁器人形だった。
タキシードの男性が女性を抱き上げている形だが、どう見ても女性はウェディングドレスを着ているように見える。
「…嫌がらせだな」
頭痛でもしてきたのか、顔を手で覆って御堂はソファにもたれた。
そんな御堂と人形を交互に見比べていた克哉は、思い切って疑問を口にした。
「これ、どうしてオレの名前で届いたんですか」
「私だと受取拒否するからだ」
「どうして副社長が、オレがここにいるのを知ってるんですか?」
御堂は大きく息を吐いた。
「全社会議のとき、写真がどうの、ということがあっただろう。
万一に備えて副社長に話してあった。そういうことがあっても、取り合わないようにと」
「どうして副社長に」
「恋人が男だ、ということで仕事に不利益をこうむるなら、あの人も立場が危ういからな」
それは、副社長にも同性の恋人がいる、ということだろうか。
だとしても。
克哉はもう一歩踏み込んだ。
「どうして御堂さんはそのことを知ってるんですか?」
御堂は額の髪をかき上げた。
「御堂さん」
「君はもう少しぼんやりしているほうが可愛げがあるぞ」
そうだろうか。可愛げがないと思われたら、嫌われるかもしれない…
御堂の言葉に克哉は怯んだが、一瞬ののち勇気を奮い立たせた。
聞くべきことは聞いておかねば、疑いだけが残る…!
ラグに膝をついてソファににじり寄った克哉は、下から御堂を見上げた。
「御堂さんと副社長が親しいなんて、オレ知りませんでした」
克哉が諦めないのを見て取って、御堂はうんざりしたようだ。
「別に親しくはない。君くらいの年齢の頃、しつこく誘われたことがあるだけだ」
「は!?」
克哉は思わず御堂のズボンの裾を掴んだ。
「昔の話だ」
「お付き合いしてたんですか…っ!」
「付き合ってない」
「ほんとに? しつこく誘われたって」
「だから誘われたのを断ってたんだ」
「御堂さん、きれいだから…!」
「やめないか」
きつく言われて、克哉は見るも無残に項垂れた。
顔を上げろと言われても、俯いたままふるふると頭を振る。
御堂は彼にしては珍しい盛大なため息をつくと、克哉の腕を引っ張って膝の上に座らせた。
「落ち着いて考えろ。一体なににしょげてるんだ?」
顎を掴んで顔を覗き込まれて、克哉は少し赤くなった。
「え、と…あれ?」
なんだかよくわからなくなった克哉の唇に、キスが落とされる。
「君は今私と付き合っていて、私は君と付き合っている。それ以外になにか必要か?」
「…いえ、いらないです」
「それでいい」
もう一度キスされているあいだに、克哉は御堂の背中に腕をまわした。
唇が離れて、ゆっくり目を開けると、そのまままばたきもせず紫がかって見える恋人の瞳を捉える。
やっぱりもう一度確認しておこうと思った。
「さっきの話ですけど、副社長は御堂さんを好きだってことですよね?」


後日。
「やあ、御堂君、久し振りだね」
報告事項があり幹部会議に出席した御堂に、副社長が声をかけてきた。
露骨に嫌な顔をされても、副社長は全く気にしない。
「先日は結構なものを頂戴いたしまして」
サラリーマンとしてそれはちょっとまずいのでは、というくらい嫌そうに御堂は言う。
「ああ。あれか。飾ってくれているかい」
「リビングに飾ってましたよ。佐伯君が。こちらからもこのあいだお返しを手配しましたので、近日中に届くと思います」
「律儀だな」
僅かな沈黙。
「止めていただけませんかね、ああいうことは。彼は若いからむきになる」
「揉めたか」
「いいえ」
また沈黙。
「これで私は御堂君にフラれたことになるんだな」
御堂は冷ややかに副社長を見た。
「どうして今頃そんなことを自覚されるのかわかりませんね。私がMGNへ入社して何年になると思います?」
「…そんな前にフラれていたのか」
副社長は額に手をあて天を仰いだ。
芝居なのか天然なのか。
傑物であることは御堂も認めているところだ。
会議室の隅っこで、副社長と一室の部長がなにをこそこそ話しているのか、周囲は興味深々だったが、 密談の中身など案外この程度だ。



戻ル