愛の証明?  

「オレ、欲しいものがあるんですけど」
茶碗にご飯をよそいながら、克哉が言った。
克哉がこちらに来るとき持ってきた炊飯器は今、御堂の部屋で大活躍している。
ほかにも米、味噌に始まり茶碗、汁椀などもすべて克哉が渡米してきたときに持ち込んだ。
「買えばいいだろう」
「買って欲しいんです」
茶碗を受け取った御堂は、克哉の顔を見た。
珍しいこともあるものだ。克哉が御堂にものをねだったことは、これまでに一度もない。
御堂もなにかを買ってやったことはなかった。
たとえばスーツとか、靴とか。何度か考えたが、結局いつもやめにしてきたので。
「なにが欲しいんだ」
「指輪」
より意味が伝わるようにか、克哉はしゃもじを置いて、左手を大きく開いて右手で薬指を差した。
「御堂さんの分はオレが買いたいので、オレの買える範囲の値段で指輪を買ってください」
思わぬものをねだられ、御堂は確認してしまった。
「…本気か」
「これを冗談にされたら、かわいそうですよね、オレ」
それはまあ、そうだろう。
結婚していない男女でもペアリングぐらいするが、今の彼達の場合もっと深い意味を持つ。
それにしても。
「それは、茶碗を持ってする話か?」
「だって御堂さん、忙しくって、朝ごはん食べるときしか話出来ないじゃないですか」
恨めしそうに睨まれ、御堂はそのことについては言及しないことにした。
そもそも朝食が和食になることが、克哉の「最近かまってもらってないんですけど、そのことについていかがお考えでしょうか」 というサインだ。
忙しすぎて御堂の食生活が乱れると、普段はパンの朝食を和食に切り替え、栄養バランスをとってくれるのだが、 多忙イコールほったらかしにされている、の図式が同時に成り立つため、 最終的に克哉が
「この頃ずっと朝ごはん和食ですよね…」
などと呟くと、かなり危険だ。
結局のところ仕事人間が恋人といる時間を確保しようと思えば、同じ仕事をするしかない。
かつて御堂はMGNで経営陣となるか、起業するかのどちからかを目標としていたが、 思わぬ経緯でMGNは辞めることとなり、今は近い将来の起業を計画している。
辞めることとなったのも克哉がきっかけといえばそうだが、共に歩むなら経営者であったほうがなにかと都合がいい、 という算段での起業なのだから、これも克哉がいなければまた別の選択をしていたかもしれない。
「で。買ってくれますか?」
もう少しかわいくねだれないのか、と思ったが、それでは、と朝っぱらからかわいくされては、 仕事に行けなくなるのは間違いない。
「なんだって急に」
「オレ、今ビジネススクール行ってるじゃないですか」
「それが?」
日常生活をなんとか送れるくらいの英語能力を、ビジネスで使えるレベルまで磨くため、 御堂は渡米してきてすぐの克哉を語学学校に通わせた。
そこを終了すると同時に、今度はビジネススクールに入れた。
これらの期間に克哉はアメリカでの生活に慣れ、友人を作ったらしい。
日本では穏やかそうでいて激しく人見知りをしていたが、外国暮らしではひとりでも味方がほしいし、 言葉も使わなければ上達しない。
学校が終わって御堂が帰って来るまでのあいだ、遊びに行ったりしているのは知っていた。
そうして克哉は気がついたらしい。
パートナーが同性である者が、結構たくさんいる…!
日本でもいたのかもしれないが目立たなかった。だが、この国ではそれは日本よりもタブーではなかった。
そこで思った。
ここでなら、少しは御堂と恋人らしく振る舞ってもいいのではないか、と。
とはいえ、日本の会社員である御堂と手をつないで歩く、とか道端でキス、とかそんなことをしようというのではない。
ささやかに、揃いの指輪をしたいだけだ。
同じ部屋に暮らしてはいても、御堂は多忙で一緒にいられる時間は少ない。
離れているあいだ、指輪で存在を感じていたい。

と、克哉は説明した。
「君は結構、恥ずかしいことを考えるな」
「…そうですか?」
克哉は一気にしょげた。
それは御堂さんは、仕事中オレのことなんか考えたくないでしょうけど、とぶつぶつ言いながらテーブルにつく。
「別にそういうわけではないが」
「いいんです。ご飯食べましょう。いただきます」
俯いて食事されては、向かい合わせの席に座る御堂まで陰鬱になる。
「わかった。買ってやる」
「もういいです」
どうやら機嫌を損ねたらしい。
「今日は少し早く帰れる。待ち合わせして一緒に買いに行こう」
克哉の目線だけが上を向いた。
妙に可愛く色気のある顔だが、いまだにこれを無意識にやっているのだから、始末に終えない。
「いいんですか…?」
御堂が頷くと、心底嬉しそうに克哉は笑った。
つられて御堂も微笑む。
こんなふうに克哉が笑うようになったのは、比較的最近のことだ。
日本で付き合っていたときは、会うたび互いに相手が別れを切り出すのではないかと警戒するような、 そんな歪な関係だった。
「じゃあ、仕事終わったら電話下さいね。オレ、待ってますから」
「ああ」
御堂の渡米は穏便に別れるいい機会になるはずだったが、一月離れているあいだに、そんなことは出来はしないのだ、と思い知った。
仕事を辞めて、御堂しか知る人のいないこんなところまでついてきた克哉に、御堂は報いるつもりでいる。
それをもっとうまく言葉には出来れば克哉も安心するのだろう、とは思う。
自分達はたぶん、思っている以上に惹かれあっているのに、なぜかそれぞれ尻込みしてしまってうまくいかない。
だから克哉のほうからなにかを要求してきたときには、受け入れなければならない、と御堂は思っていた。
彼はこの関係を継続させることを望んでいて、そうなるための一歩をもう踏み出しているのだから。

その日の夜更け、ベッドに仰向けで寝転びながら、克哉は左腕を上げて手を眺めていた。
長い指にプラチナの指輪がきれいにおさまっている。
「気に入ったか?」
克哉のあとにシャワーを浴びた御堂が、ベッドルームに戻ってきた。
「はあ、まあ」
「なんだ。曖昧だな」
ベッドに腰掛けた御堂は、克哉のまだ少し濡れている髪に指を通した。
ドライヤーを使え、と言っても面倒がるので、いつも御堂が乾かしてやる。
御堂の仕事が終わるのを待って、一緒に出向いたのは高級宝飾店だった。
指輪を欲しいとは思ったが、今まで興味がなかったのでまったくわからない、という克哉に御堂が選んだのは、 克哉がつけた条件の"克哉も買える値段"を遥かに超える品物だった。
「サイズがあってよかったな」
こめかみのあたりを指で擦るように撫でてやると、猫のようにからだを丸くした。
「指にあの値段がはまっているかと思ったら怖いです。それに毎日つけてたら、傷とかつくのに」
「一生モノの値段だと思えば安いくらいだ。傷は年月の価値だと思え」
一生モノ、と呟いて、克哉は枕に頬を押し付けた。
間接照明ではよく見えないが、赤くなっているのだろう。
「でも、御堂さんの分、買えないし」
「そのうち買ってもらうさ」
「…最初からつける気なかったでしょう」
「さあな」
御堂は指輪ごと、克哉の手を自分の手で包み込んだ。
「この形は定番だから、何年あとでも買える」
「…そんな先までつける気ないんですか」
不服そうな声に、御堂は喉の奥で笑う。
「君が買ってくれたら、いつでもつけるが」
「仕事も見つかってない人間に、そんなこと言いますか」
「このまま私に養われてるのもいいと思わないか」
「やですよ」
即座の否定が生意気で頼もしい。
御堂の首に克哉の両手がまわされた。
「まあいいです。買ってもらったし」
「そんなに欲しかったのか」
「そうみたいです。日本じゃ思いもしなかったですけど」
異邦人の心細さもあるのかもしれない。
「そんなものがなくても、君は私のものだがな」
「孝典さんはオレのものですか?」
一瞬言葉に詰まるが、首を締めるように克哉の腕に力が込められる。
「孝典さんは、オレのものですか?」
「そう、だな」
よかった、と克哉は間接照明でもはっきりわかるほど笑顔になった。
   



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