永遠のコイビト
ある日曜。
御堂は書斎で仕事をしていた。
午後には終わらせて夜は外で食べようと約束していたが、既に二時を過ぎてどうやら反故になりそうだ。
一緒であるなら食事は別にどこでしてもかまわないので、そのことはいいのだが、克哉は退屈していた。
洗濯は終えたし、掃除はうるさくしてしまうので書斎から離れたベッドルームを片付けるしか出来なかったし、
ひとりで外出する気にはなれないしで、御堂がリビングに置きっぱなしにしていた経済誌をぱらぱらとめくっていた。
「あれ」
ページのあいだから出てきたのは、招待状だった。
御堂宛で、差出人は男性。前のプロジェクトで関わった、IT企業の幹部だ。
是非起こし下さいとわざわざ手書きで添えられているが、日付はとうに過ぎている。
確かこの日は、海の近くでおいしい魚料理を食べさせてくれる店に、ドライブを兼ねて御堂と行った。
克哉が、御堂へのこういう誘いをあとから知ることは、これが初めてではない。
先に知ることがほとんどないのは御堂の配慮で、あとから知った場合もたいていその当日克哉は御堂とどこかへ出かけている。
ゆえに、「これなんですか」と訊ねたことがない。
行かなかったことが明らかなのだから。
御堂は女性からも、男性からももてる。
御堂の友人曰く、男性からは克哉と付き合うようになってもてだした。
元々楽しめればどちらでも、という人だったが、あくまで男性は余興、という態度だったので、
あの辛辣な性格を鑑みて、好意を持っていても尻込みする輩が多かったそうだ。
それが克哉と暮らし始めたので、俄然勇気を得たつわもの達が、こぞって名乗りを上げたらしい。
決まった相手が出来てからアプローチしてくるなんて、失礼な話だよな。
と克哉は思っているが、御堂が完璧に余計な心配をさせないようにしてくれている以上、なにも言えない。
元の場所に招待状を戻しながら、克哉はふと考えた。
御堂はもし、自分が現れなかったら、今頃女性と付き合っていたのだろうか。
おそらくそうだろう。
これまでも遊びはあっても、付き合う、というほど男とは深く関わらなかったらしいし、
年齢を考えれば結婚を意識してもおかしくない。
では、これから先は…?
コーヒーを出しながら、克哉は尋ねた。
「御堂さんは、オレが明日死んだら、次のパートナーは男性と女性、どっちにするつもりですか?」
御堂は怖い顔をして、ノートパソコンから目を離した。
近頃見たことがないほど真剣に怒っている顔だったので、克哉は怯んだ。
「え、と、だから」
「具合が悪いのか」
「え、別に」
額に伸びてきた手をかわす。
「だったらなぜそういうことを言ったんだ」
「そういうことって」
「死んだら、と言っただろう」
「言いたかったのは、そこの部分じゃなくて後半のほう…」
仕事でもこんなに詰問されることは滅多になくなっていた。
すっかりうろたえてしまい、しどろもどろになった克哉の肩を、御堂は軽く突き飛ばした。
「くだらないことを言うな」
「はい…すみません」
克哉はしょげて書斎を出た。
思わぬ展開になったが、そもそもくだらないことを考えてしまった。
死んだら、などと言ったのは、生きているうちは絶対別れるつもりがないからだが、
死んだあとのことまで想像しても仕方ない。
だいたい「そうだな、君がいなくなっても次は男にしよう」とか「やはり次は女性かな」とか言われて、
どう反応するつもりだったのか。
御堂さん、怒らせちゃったな。
夕食は御堂の好きなものを作ったら、機嫌を直してくれるだろうか。
とりあえず頑張ってみよう。
克哉はキッチンに向かうと、食材を確認し始めた。
その夜はいつになく長かった。
これが金曜か土曜の夜ならばいつもと同じだが、日曜の夜では些か困る。
だが克哉はいまだかつて一度も、自分から本気で駄目と言ったことがなかった。
あと何時間眠れるのだろう、という時間になってようやく解放された克哉は、意識を失うように眠りに入れる状態を
むしろ喜んだが、今度は別の問題が生じた。
シャワーを浴びた御堂が、人形を抱くようにして克哉を拘束するので、その不自然な姿勢にまた欲を煽られそうで眠れない。
「御堂さん…困ります」
御堂はパジャマを着ているが、シャワーを浴びていない克哉は着ていない。
「じっとしていろ。こうしていないと、私が眠れない」
克哉は泣きそうな気分で、顔を少し動かして御堂を見た。
気をつけないと変なふうにからだが触れ合って、我慢できなくなる。
「君が悪い」
「え…」
真剣な目をした御堂が、克哉を強く抱きしめた。
「…っあ」
甘い感覚にだるいからだが痺れる。
「御堂さん…?」
「死んだら、などと君がいうからだ」
「え…」
克哉は確かにそんなことを言ったが、それとこの状態とどう関係するのだろう。
えーと。えーと? それってもしかして、オレが死ぬって考えたら怖いから、ぎゅうって抱きしめているってことか?
ほかに可能性はないか考えて、それ以外なさそうだ、と思った途端、かーっと顔が熱くなった。
「御堂さん…」
オレって、すごく愛されてる…よな?
御堂にとって、克哉のあと、はない。
そのことをからだ中で感じて、克哉は恍惚となった。
「…ごめんなさい」
肩に唇を押し当てて言う。
「オレ、ずっと御堂さんの傍を離れません」
「当然だ」
徹夜して、明日の仕事大丈夫かな、とちらりと思ったが、こんなに幸せなんだから大丈夫だろう、
と理屈にならない結論に達し、克哉は恋人にしがみついた。
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