いい匂い  

すっかり「いつもの」となった週末、克哉は御堂のベッドで目を覚ました。
キングサイズの御堂のベッドは広いが、それでも男ふたりが寝ていて広々しているというわけではない。
ほんの少しでも動くと御堂に触れるし、だから迂闊に動けない。
思いが通じて、同じ会社で働くようになって、それでもまだ克哉はこの状況に慣れることが出来ていない。
月曜の夜自分のアパートに戻ると決まって一瞬だけほっとして、そのあとすぐにたまらなく寂しくなり、 少しだけ耐えて結局我慢出来ずに電話して、ここに舞い戻ってしまう。
毎日どきどきしすぎて、よく自分は元気に生きていると思うくらいだ。
  顔が見たい…
触れると煽られるので、克哉はそうっと頭を動かした。
寝顔は恋人だけのもので、御堂のように他人に隙を見せない男ならば尚更の特権だ。
ところが中途半端に姿勢を変えたところで、御堂の腕が動いて頭を抱えられてしまった。
「み、御堂さん…っ?」
起きていたのかと思ったが、そうではなかった。
「御堂さん…離して」
大きな声で言えば起こしてしまうかもしれず、起きてもらえねば動けない。
克哉の頭に顎を乗せるようにして、御堂は規則正しい寝息を立てている。
「御堂さん…」
まだ残っていた眠気がすっかり消えた。
愛しているの一言は勿論嬉しいが、無意識で示される愛情は、居た堪れないに近い感情で克哉を喜ばせる。
顔を見ることが出来ないまま、克哉は息を吸い込んだ。
御堂さんはいい匂いがする、と克哉は思っている。
あえて意識から消していたが、「接待」当時後半には既にそう思っていた。
克哉が御堂の匂い、と思っているのはフレグランスの香りなのだが、たとえば今のように寝ているときや休みの日などの、 つけていないときもいい匂いがする。
フェティシズム、という言葉が、寝起きの頭をよぎった。
「最悪だ…」
思わず呟いた。
「なにがだ?」
「ひゃっ!」
頭の上から声がした。
匂い匂い、と考えていたので、空気が動いて漂う香りに心臓が止まりそうになる。
やっぱりいい匂いだ。
「み、御堂さんっ!」
「最悪、とか聞こえたが」
「い、言ってませんよっ! そんなこと言ってません!」
離れようとしたが、腰を引き寄せられる。
「私が聞き間違いをしたとでも?」
「あ…」
足を絡められ、耳元を低く意志のこもった声でくすぐられて、からだから力が抜ける。
「言え。なにを考えていた?」
腕が首にまわって甘く締め上げられると、克哉は呆気なく陥落した。
「御堂さんは、いい匂いがするな、って」
御堂の腕から一瞬力が抜けた。
「…それが最悪なのか?」
「そんなこと考えてるオレが最悪なんです…」
御堂は一瞬言葉を失ったようだが、 言ってしまって開き直った克哉は、御堂の腕を振りほどくとパジャマの胸元に顔を押し付けた。
「いい匂い…」
「……」
「御堂さん、好き…」
うっとり目を閉じた克哉は、そのまま寝息を立て始める。
寝顔が嘘のように安らかだ。
御堂はベッドサイドの時計を見て、ため息をついた。
これだけ煽られたからには叩き起こして泣いてもらいたいところだが、今日は午前中会議が入っている。
「…仕方ない。今晩、覚悟するんだな」
起きてすぐ夜のことを考えていることに苦笑しながら、御堂は克哉の髪にキスをした。
克哉が言っているのは、本当の匂いではなくフェロモンとかそういう類のものだろう。
フレグランス以外は石鹸もボディソープもシャンプーも同じものを使っているのだから、違う匂いがするはずがない。
「いい匂いがするのは君のほうなんだがな」
正確には、美味しそうな匂いだが。
雄の本能をくすぐる匂い…
そんなことを言ってやれば、克哉は目に涙を浮かべて恥ずかしがるだろ。
匂いと同じように克哉が大好きな意地の悪い笑みを浮かべると、御堂は恋人の前髪を指ですくってぱらりと落とした。



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